第二部 かわりゆく山

          
噴火の経過
1990.11.16〜1995.11.16
噴火は16日、「間違いありません」

 平成2年11月16日午後1時ごろ、遅い昼ごはんをすませ表に出ると、普賢岳のてっぺんあたりからまっすぐに煙が立ち上っていた。そのときは、焚き火の煙かなという感じ。翌日はまだ暗い午前6時から千本木に灯油を配達したが、夜が明けてきて山のほうを見ると、今度は2本の煙が上がっていた。
 今度の噴火は、私が第一発見者。正式には17日になっているが、噴火したのは間違いなく16日だった。でも、皆が17日、17日というのでそれならそれでいいと今はあきらめています。
元上折町の村里商店  村里ヨシヱさん
屏風岩火口の噴火 平成3年2月12日2時(種村岩から撮影) ポイントB
屏風岩火口とNBCヘリコプター 平成3年3月10日
地獄跡火口 北から撮影 距離40〜50m 平成3年4月21日 ポイントM
地獄跡火口 平成3年4月30日
地獄跡火口跡にひび割れ 平成3年5月11日 ポイントM
普賢神社も埋まる 平成3年5月11日ポイントD 地獄跡火口底 ドーム出現の瞬間 平成3年5月11日ポイントM
平成3年5月11日
地獄跡火口底
ポイントM
屏風岩火口
ポイントC
地獄跡火口
ポイントN
灰かぶり地蔵?
ポイントN
地獄跡火口北側東西方向がヒビ割れ 平成3年5月18日 ポイントN
溶岩ドームを真近で撮影
平成3年5月22日
湯江川上流 平成3年7月9日
火砕流 東斜面(赤松谷) 平成3年7月10日
地獄跡火口 平成3年7月21日 ポイントM
垂木 火砕流のツメ跡 平成3年8月28日
おしが谷を流れ下る火砕流 平成3年9月6日
溶岩ドーム 平成3年9月28日
溶岩ドームの中 平成3年10月6日
噴火から1年・・・・。
平成3年11月17日
火口内の溶岩ドームから普賢神社撮影
ポイントJ
火口の硫黄 ポイントJ ポイントE
真っ赤に燃える噴気孔
ポイントJ
地獄跡火口底
ポイントJ
普賢池でゴンとマイケル 平成4年4月12日
平成4年4月8日
南東側溶岩ドーム
第6・7ドーム
通称第6ドーム 通称第7ドーム
平成4年4月18日
火砕流の先端(大野木場水源地上) 赤松谷の火砕流(ボタン山から)
ドーム下から深江方向を 平成4年4月22日
かけくだるドーム片(1個で大型トラック1台分ぐらい) 平成4年5月4日
平成4年6月21日
地獄跡火口の噴気孔 ポイントJ 普賢神社と溶岩ドーム ポイントH
平成5年1月2日
麻畑でタローとジロー 麻畑
おしが谷から麻畑を 平成5年2月13日
おしが谷 平成5年2月19日
南千本木中尾川上流の土石流 平成5年3月6日
平成5年1月2日に見つけた地割れが大きくなっていた。(長さ15m〜30m位)ヒビの大きさ50cm〜1m位の穴のように丸いところもあった。帽子と比べてきてください。

麻畑の北側平坦地   平成5年3月6日
中尾川上流 平成5年5月16日
南三本木の上 麻畑
麻畑より(ヨコジオを超えた土石流) 通称第11ドーム
平成5年6月6日
通称第10ドーム 屏風岩、神社、普賢池 普賢池
南千本木 平成5年6月16日
平成6年6月23日
通称第11ドームが千本木を襲う 火砕流 北千本木鳥越より
大きな被害を出した千本木 上折橋
垂木から千本木 平成5年12月12日
平成5年12月24日
眉山七面山登山口の土石流 焼肉ミカド跡から
平成6年1月8日
眉山七面山頂から 眉山七面山から第11ドーム
南千本木 平成6年1月29日
通称第11ドーム北側(誰かの顔が壁面に) 平成6年5月29日
平成7年5月7日
稲生山山頂からホウセン谷